WHITE BOX図書館

MENU

President Blog社長ブログ

博報堂から独立して1年半「個人か組織か」葛藤しながら考えた5つのこと

2016年03月04日

株式会社ホワイトボックス代表の江原です。 2014年、私は新卒から約8年間働いた博報堂を退社し独立しました。あれから1年半が経ち、事業も少しだけ安定したので、この3月から本格的にオフィスを構えて人員を増やします。

組織を離れ自由を求めて独立したはずが、自ら組織化を進めていることに自分でも驚くのですが、この1年半なにを考え今に至るのか、良いタイミングなのでここに記したいと思います。

enterance

独立後の事業ドメイン3つの選択肢「代理店」「制作」そして「メディア」

独立するにあたり最初に考えたのは「何を事業ドメインにするか」ということでした。私は広告代理店での社会人経験しかありませんので、広告関連事業から可能性を模索しました。

「代理店」としての独立の可能性

広告代理店から独立する場合、「制作」すなわちクリエイティブとしての独立が最もメジャーですし、目立った成功例も多いかと思います。私は営業職とインタラクティブ職の経験はありましたが、クリエイティブ職は未経験でしたので、もしこの領域での独立を考えるなら、プロデューサーとしての立ち位置で「代理店」を経営する形はあり得るだろうと考えました。

しかし「代理店」としての独立はやめました。

労働集約型を除外する

「代理店」としての独立は、現在であればデジタルに特化するなど、仕事のメドが立ちやすい利点もあります。しかし代理店業務というのは仲介しながら価値を提供するので、労働集約型からの脱却が難しく自由を得にくいと考えました。今思えば必ずしもそうではないと思うのですが、独立する時点では組織化をあまり考えていなかったので、この結論に至ったのです。

独立当初は、たくさんの方々にお気遣いから仕事の声がけをして頂きました。ただ、どうしても時間の切り売りで未来につながりにくいものは、大変申し訳ないと思いながらも、お断りせざるを得ない場面もありました。まず自分が自由を得ないことには、関わる方々への貢献も、自分がやりたいこともできないと考えたからです。この場を借りて、感謝とお詫びを申し上げたいと思います。

メディア事業という選択肢

最終的に私が選択したのは「メディア事業」でした。マスメディアしかない時代であれば、メディアになるというのは現実的な選択肢ではなかったと思います。しかし、インターネット・アプリなど人々の接触メディアが多様化し、メディア事業への参入障壁が下がったことで、メディアを立ち上げ収益化することは、一昔に比べればはるかに容易になっています。

会社員時代にも、ダイレクトマーケティング全般の実験のため、相当数のWEBサイトを自身で制作してみていたので、立ち上げ後に何が起こるのか見通しが立ちやすいのも幸いしました。

余談ですが、これまで「制作」がメインだった広告代理店からの独立後の進路は、「メディア」という選択肢が現れ、今後は益々増えてくるだろうと思います。

今あるリソースでやれる方法を探す!立ち上げ初期は「実現力>>>アイデア」

実際にメディアをつくろう、と考えてもなかなか思い通りにいかないことも多々あります。こんな風にしたいというアイデアはたくさん湧いてきますが、資金も技術もないなか実現するには多くの壁があります。以前「ネットベンチャーに企画しかできない人はいらない」という記事が拡散していましたが、これを痛感したのが立ち上げ初期でした。

wordpressをカスタマイズしていて画面が真っ白になったり、サーバーを引っ越そうとしたらアクセス許容量をオーバーしてデータを取り出せなかったり、自分でやらざるを得ない時の技術面での葛藤は大きなものでした。多少のプログラミングの経験があったので、できるだけ自分でやろうと勉強して、技術的な課題にも正面からぶつかってを繰り返し、もちろん得るものも多くありました。

しかし、いまあの時の自分と話せるなら、信頼できるエンジニアに依頼できる資金を得るまでは、技術的な問題に深入りせず運用するのも知恵だよ、とアドバイスしたいと考えています。その道の実務経験者でないと負荷が大きい上にリスク管理ができないのと、簡易的なサイトの立ち上げ期なら既存のサービス活用で十分だからです。

会社員時代に求められていたのは「アイデア」や「組織ありきのプロデュース」でしたが、何もない事業初期は技術や人脈含めて圧倒的に「実現力」が重要でした。「とにかくやってみる」「今あるリソースでやれる方法を探す」この姿勢が前進するために必須なのかなと思います。

最近知り合ったベンチャー経営者の方が、以前は中途採用するとき自社よりもスケールの大きな会社から人を採っていたが失敗が続き、今では自社より小さなところから引き抜きをしている、とおっしゃっていました。組織ありきで発揮できる能力と、ベンチャーで生き残っていく生命力、求められている力が違うのだろうと思います。

自由を得るために考えた3つのこと

誰しもがきっと思うように、独立したら経済的・時間的に自由を得たい、と私も考えていました。自由を得るために考え実践したことをまとめると以下になります。

1,時給の意識を明確にもつこと

どんな会社でも「自分の時給を意識しながら仕事をするように」と指示を受けることは多いかと思います。この言葉の真意は、時給以下の仕事はするな、ということで具体的な解決策としては

1,自身の仕事効率を上げる
2,外注に出す
3,その仕事はしない

ということでしょう。

解決策を選ぶ判断基準は、業務の評価制度と裁量によりけりで、たとえば仕事を外注したくても、会社員では必ずしもできないことも多々あります。単体の業務として社内人件費を除いた収益で評価されている場合、自分の人件費を意識して仕事をしていても、外注した分のみがマイナスとして計上されるように見えるので、外に仕事を出しづらいというジレンマが生じるからです。

また、そもそも「その仕事はしない」という大きな判断を、社員の立場で全員ができるわけではありません。しかし、独立すると、当然すべての裁量がありますので上記の3つの選択肢をドラスティックに推し進めることができます。

会社に利益が生まれ始め、徐々に効率の良い業務にシフトしていくことで、自身の時給はあがります。そして、どこかのタイミングで外に仕事を出すことが可能になります。ここから、ひとりではできなかった事業展開が可能になります。私の場合は、人の雇用に対して慎重だったので当初は外注化のみ進める形を取りました。

2,クラウドソーシングでパートナーを得ること

経済的・時間的に自由を得ようとすると、上述のとおり外注化を進めて、さらに自身はより経済的価値の高い仕事に集中することが必要になります。ここで考慮すべきなのが、クラウドソーシングによる外注です。今後のスタートアップにとって、クラウドソーシングを活用する能力が非常に重要になってくるのは間違いないでしょう。

正しく活用すれば能力のある個人に直接発注できるので、非常に有用なサービスです。ランサーズクラウドワークスなど環境が整っています。大切なのは、顔が見えないからこそコミュニケーションを密に行い、本当に力になってくれる方を見極め厚遇し、お互いに良きパートナーとなることです。

ただし、制作会社がワンストップでパッケージ対応してくれるのに対し、自身で労働力をパーツとして組み立てる必要があるので、企画力以上にプロデュース能力が求められます。必要な作業・能力を分解して個別タスクとして人に渡せるかがカギで、全体の仕事のクオリティを上げるポイントになるからです。

一点、基本は対個人になるのでリスク管理は発注者側で行う必要があり、重要なシステム開発などは、クラウドソーシングはあまり向かないかなと考えています。

3,面倒なことをやること

自由を得るために「面倒なことをやる」という方針を貫いています。こう言うと逆説的ですが、ビジネスチャンスは「あったら便利と面倒くさいの掛けあわせ」だと考えているからです。「面倒くさい」ことは競合の参入障壁になるので、面倒だなと思うことを自社のメディアやサービスの中に詰め込んでおくと、結果長期的に自由を得ることにつながります。

また「面倒なこと」の流れでいうと、インターネットメディアの台頭で、マスマーケティングからマイクロマーケティングへプロモーションの潮流があります。元来、マス(大衆)に向けて尖らせた1つのメッセージを発信することがメインだったものが、メディアの多様化によるマイクロマーケティングの世界では、個々人の趣向・属性を細かく分類しながらメッセージを出し分ける設計が必要になります。

プロモーションを仕掛ける広告プランナーにとって、面倒の極みと言っても過言ではないのがこの「マイクロマーケティング」ではないでしょうか。メディアプランからクリエイティブの開発まで、こだわれば無数に設計が必要になります。

しかしメディア事業者の立場からすれば、マイクロマーケティングの流れがある限り、強者によるマスの総取りは起こりづらく、新規参入する弱者メディアにも十分生き残る道があると考えました。

いかに利益をなくすか、お金を使えない心のリミッターとの戦い

期末には顧問税理士さんとの打合せの中で「いかに利益をなくすか」という議論になります。これは税金のお話ですが、人に言えないことをしよう、とかそういうことではなく、先行投資をどこに行うかという議論です。お金を稼ぐのが難しいのは覚悟の上だったのですが、ここではじめて有意にお金を使うのも難しいと気づきました。

上げた利益は投資にまわして、長期的な収益を生む仕組みを創りあげないといけない、頭ではわかっていてもどこかにリミッターを掛ける自分がいます。ひとりで会社を立ち上げ育ててきた感覚が悪く作用してしまい、会社の利益という感覚ががなかなか育たず、貧乏性からか思い切った投資がしずらくなるのです。

投資と回収の成功経験を重ねる

このリミッターからの脱却は頭の中だけでは困難で、小さな投資と回収の経験を繰り返さないと難しかったというのが正直なところです。一年前と比べると、会社のお金に対する感覚は全く異なるものになりました。

自由を満喫したあとに孤独が襲ってくる

実際にいくつかのメディアを立ち上げて、当初は寝る間を惜しんで仕事に没頭していました。それこそ最初の3ヶ月くらいは、時給換算すると1円になるかどうかくらいのレベルでした。が、上述のとおり少しづつ広告収入として売上が立つようになり、外注化の仕組みをつくっていくと、半年くらいでほぼ一人で会社運営しながらも、自由な時間を持てるようになってきます。

ここで、独立のひとつの目標だった自由を得て、幸せを掴んだような気がしていました。しかし、思い返すとその自由に満足できたのも、3ヶ月ほどだったのではないかと思います。この頃になってようやく会社を辞めて失ったものを認識しはじめたのです。

人は社会的な生き物であることを痛感

つまり仲間がいない、ということです。事業をたちあげ軌道に乗せるなかで、もちろんたくさんの出会いはありました。しかし、同じ目線で同じ目標にむかって邁進するパートナーはいないのです。なんだか当たり前のことを書いているようですが、人生これでいいのかなと感じ始めていました。

組織拡大するのか、個人の延長で生きていくのか

独立してしばらくすると、多くの人がこの命題にぶつかるのではないかと思います。

当初、私は個人に近い形で自由に会社経営し、固定費を抑えリスクを最低限にすることを最優先にしていました。が、孤独に直面し、手が足りず目の前のビジネスチャンスを逃したり、資金力のある競合の脅威を目の当たりにすると、次第に考えが変わってきました。

「組織が必要だ」そう思うことが多くなってきたのです。人生のやり甲斐としても、この世に生を受けたからには、事業をもっとスケールさせないと面白くない、と坂本龍馬みたいなことを考えるようになっていました。

現在、冒頭でも述べたとおり組織拡大していくことを決意し準備を進めています。まず行ったのがオフィス環境の整備です。快適な労働環境を整えるため、施工会社さんの多大なるお力添えのもと、なかなかのものが出来たと思っています(オフィス紹介ページ)。そして、これから行うのが採用の拡大です(採用情報ページ)。

syodana

外注の限界と人を雇用するということ

社内に人を雇うことと、外注すること、機能としては近いように感じる面もあります。しかし、社内に人を雇い組織化しようと考えた理由のひとつに、外注のスピードの限界があります。新しいチャンスを見つけたら、荒くてもとにかく早く取り組み、高速でPDCAを回すことが成功のカギとなることが、この短い事業経験の中でもよく分かりました。

組織化に踏み切ったことで、会社は新しいステージに移行し、成長し続ける宿命を負ったと覚悟しています。会社の成長が、従業員の生活の向上を意味するからです。成長する前提で、働く人が幸せになれる仕事の仕組みを作っていかないといけない、と決意を新たにしています。

福岡で仲間を募集します

そんなこんなで紆余曲折あった私ですが、会社を学生時代から思い入れのある福岡に移転させ、この3月から天神に事務所を構えます。編集ライター、エンジニア、WEBデザイナーを募集しておりますので、興味ある方はご応募頂けるとうれしいです。詳細は以下よりご確認くださいませ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

江原 聡人(えはら あきと)

1980年生まれ
九州大学工学部機械航空工学科、九州大学大学院工学府知能機械システム工学を卒業。
在学中2004年にソウル延世大学へ交換留学。
2006年より上京し博報堂にて営業・インタラクティブ職として勤務。
在職中は、通信・自動車・アルコール・化粧品・食品メーカーなど、ブランディングからダイレクトマーケティングまでを担当。
2014年に退社し、株式会社ホワイトボックスを設立。

趣味:旅行、観劇、映画鑑賞